3月末の春休み、日本中で話題になったWBCの準決勝・決勝を観に行った。自分はもともと高校で野球をやっていて、そもそも野球を好きになったきっかけが2009年の第2回WBCだったので、自分にとってアメリカの地で生のWBCを見れることはとても貴重なことだった。
決戦の地フロリダ州マイアミに着いたのは試合の前日日曜日。朝6時に大学を出てデモインからシカゴを経由し、マイアミ空港に着いた頃はもう夕方だった。今回は仲のいい中国人の友達三人と観光することになり、日本人一人で日本戦を見に行くという少し不思議な旅行になってしまったが、初日から日本食レストランに行きたいということで美味しい豚骨らーめんを食べ、初日から大満足だった。
次の日は近くのリトルハバナと呼ばれるキューバ文化の強い観光地を巡った。マイアミに着いてから耳に聞こえるのはほとんどスペイン語で、正直これだけのラテン系の人がアメリカに住んでいるとは知らなかった。リトルハバナの人はもちろん空港の職員まで英語が通じないのだからびっくりした。
薄々気づいたのだが、やっぱりWBCともあって日本人と対戦相手のメキシコ人が観光地にはたくさんいた。やっぱりアメリカのど田舎に暮らして滅多に現地に住む日本人なんて見ないから、スペイン語に混じって聞こえる日本語には少し安心させられた。見た感じアメリカ在住以外に日本からきた人や日本のテレビ局の人まで見えたので、よほどWBCが日本で盛り上がっているんだなと感じた。
キューバレストランで昼ごはんを終えた後、レンタカーで試合のあるローンデポ・パークへと向かった。あたりは交通規制が敷かれていて、スタジアムに向かう車で渋滞していた。荷物チェックを終え球場内に入ると、だいたいラテン系8割、日本人2割といったところで、分かってはいたけど圧倒的アウェーだった。ラテン系音楽が球場内に爆音で流れていて、あたりの観客から聞こえるスペイン語とその空気感に圧倒された。
試合展開はめっぽう劣勢だった。メキシコ打線が一つヒットを出すたびに、真横のメキシコファンたちは大騒ぎだ。メキシコのスリーランでは球場一体が歓声に包まれた。試合終盤、吉田のスリーランで同点し、なんとか勝ち目が見えてくる。ところがその後メキシコにまた2点返されるも、日本は犠牲打で一点返し、1点差で9回を迎えた。先頭打者の大谷がツーベースを打って吠えた。自分たち周りの数少ない日本ファンも総立ちで盛り上がった。そして5番村上が外野フェン直の長打、大谷と瞬足の周東も生還し、サヨナラで日本が逆転勝ちした。感動で涙がこぼれた。周りの見ず知らずの日本人とハイタッチして喜び合い、メキシコファンも拍手で健闘を讃えあってくれた。日本人として誇り高い瞬間だった。
翌日の決勝戦は地元のアメリカ相手、今日もアメリカ人8割、日本人2割という感じでアウェーなことに変わり無かった。ただ昨日と違って若干日本人も多く見え、決勝に合わせて日本人も多く見に来ているように見えた。
試合はメキシコ戦より平坦で、予想されていたように投手戦だった。日本のピッチャーがMVPだらけのアメリカ人打線相手にやれていることは正直以外で、カッコよかった。両チームの全得点はホームランからで、特にカイル・タッカーのホームランは会場全体が盛り上がって印象的だった。1点リードで9回、ピッチャー大谷が登場した。2アウトになってトラウトがバッターボックスに向かったとき、両チームのファンも総立ちで、球場全体でUSAコールが巻き上がった。アニメメジャーを見て育った身としては、USAコールに大谷vsトラウト、まさに茂野vsジョーギブソンJrのようなあのアニメそのままの瞬間だった。試合は大谷が空振りをとって勝利、侍ジャパンの優勝を目にすることができた。
WBCではアメリカメディアでも大谷の活躍が多く取り上げられた。球場でも、アメリカ人が大谷翔平のユニフォームを着て応援している様子が目立った。どの国の出身でも、大谷翔平の人気は圧倒的なようだ。
以前、大谷翔平の活躍によりアメリカでのアジア人への印象がよく変わりつつあるといったネット記事を見かけた。これまで、メジャーの野球選手でもアジア人というのは力がない、背が小さい、といったネガティブな印象が強かった。イチローはメジャーでも伝説的存在だが、ホームランを打つよりかはヒットをたくさん打つタイプの選手で、このアジア人に対する偏見を変えることはできなかったように思う。今回のWBCで私が何よりも嬉しかったのは、日本人がスモールベースボールでなく、しっかりと力勝負でアメリカを制することができたことだ。実際、決勝の得点はどれもホームランからだ。バントやスクイズなんて無かった。MLBネットワークというメジャーのニュース番組記者は今回の侍ジャパンを高く評価していた。今まで彼らは、「アメリカ代表は本当のトップ選手が集まっていない」、「あくまでスプリングトレーニングであって、本当の実力を出しきれていない」などと言い訳をしてきた。しかし今回、記者ははっきり、日本の”野球”がアメリカの”ベースボール”に十分勝負できるほどの実力がある、と明言したのだ。
アメリカ社会ではアジア人としてマイノリティーにされることが多い。これはかつてAsian Hate Crimeで問題になったように(今も)、アジア人として偏見であったり犯罪のリスクであったりどこか生きにくさを感じさせることにつながってくる。幸い、グリネルではその事を感じさせるような出来事は表面的にない。私の白人の友達も、アジアンヘイトなんて存在ないように話しかけてくれる。しかし、やはり白人の友達を作ることは私には難しかった。どちらかといえばこちら側から、向こうの会話のペース、内容、リアクションや言い回しに合わせていく必要があると感じる。英語が喋れたらアメリカで誰とも話せるんじゃないの?と言われたらそうは違う。日本でも陽キャ陰キャなど友達グループの棲み分けがあるように、アメリカだってフレンドグループの棲み分けが存在する。
私には日本人含め他国からの留学生あるいは他国にルーツを持つ友達が多い。それは先に述べた日常的な会話や感覚の差で、それらの人たちと一緒にいる方が楽だと感じるからだと思う。日本人の中にはそうではない人もいるし、私のような境遇の人もいる。人それぞれだ。しかし、彼らはきっと彼らの置かれる環境にアジャストしていくために努力したのだと思うし、それは素晴らしいことだと思う。一方で、じゃあ日本人と仲良くなってアメリカで過ごすのがカッコ悪いかと言われたら、そんなこと全く思わないし、友達作りなんて自分の好きなようにやっていくのがいいのだと思う。よく留学サイトや留学体験で(特に交換留学に多い)日本人の友達を避けて現地の友達を作りました、とか美談が載っている。4年間グリネルで過ごす中で、私にはそんなことできないし、むしろ必要がないと思う。JCAや日本人コミュニティではきっと様々な思いでイベントに集まってきているのだと思うし、そんな中で出会えた仲間は素敵だなと実感する。
飲み会の会話で時折卒業後の話を日本人同士ですることがある。これまでの先輩方は、日本に帰って就職したり、アメリカに残って大学院に進学したり就職したり人それぞれだ。どの先輩方もすごいところで働いたり勉強してたりするし、本当に尊敬の限りだ。ある時、ある先輩が「卒業後、仕事でアメリカで住むのと日本で住むのならどっちがいい」、と聞かれて日本で住む方が暮らしやすくていい、といっていた。東京に住んでいた身として、生活の便利さや質を考えてしまうと、やっぱり将来は日本に住みたいと私は思う。きつい言い方をしたら、それはアメリカからの逃げなのか、と問われるなら、それは違う。確かにマイノリティとしてアメリカで働くのは苦労がいるかもしれないが、日本に就職することだって、すごいことじゃないかと思う。人それぞれ、違う環境で育ち、目標だって違う。
私はアメリカの大学院に進学した後は、やはりどこかで日本の企業に就職したいと思う。それはアメリカの企業に外国人として入るのが難しいから?確かにそれもある。アジア人として、マイノリティとして生きるのが辛いから?それは違う。この先の人生設計なんて分からないけど、私は今の恵まれたチャンスを生かしてアメリカに残れる限り残って結果を残したいし、近い将来日本に帰って日本の宇宙産業に携われるような仕事を見つけたい。今回のWBCを通して大谷翔平のアメリカでの活躍を目にし、私もアメリカでもっと頑張ろう、とそう勇気づけられた。きっと多くの日本人が、そしてアジア人が、彼の活躍を見てそう感じたのじゃないかな、と思う。
とぅるん