時刻はもうすぐ午前1時。平日なのに、図書館や寮のラウンジは閑散としている。代わりに、100人以上の生徒たちがキャンパス唯一のパブに顔を合わせている。宿題で疲れているはずの彼らの目は、テレビで絶え間なく流れる数字に釘付けだ。チカチカと移り変わる画面が映すのは、アメリカ大統領選挙の開票速報である。
単刀直入に言えば、トランプ氏の勝利はほぼ確実だ。ニューヨーク・タイムズやCNN、ロイター通信などの開票速報は、共和党の赤色に染まっている。夕食後の夜9時頃から、swing state(揺れ動く州)と呼ばれる、フロリダなどの激戦区をトランプ氏が獲得し、雲行きが怪しくなった。
選挙の勝敗の鍵を握る州が赤色に変わるたび、パブでは生徒たちが叫ぶ。すすり泣いている人も少なくない。「荷造りを始めなけりゃ」と冗談を言う留学生たちの顔も、同じくらい引きつっている。このカオスの中ではっきりと感じるのは、自分たちは歴史的な瞬間を目の当たりにしている、ということだ。
„Democracy is not a spectator sport.“(民主主義はスポーツ観戦ではない。)7月の民主党全国党大会での、オバマ氏の言葉だ。クリントン氏不支持や棄権を批判し、投票を促す狙いがあった。しかし、投票所に赴いた有権者たちは、ポピュリズムを拒絶しなかったようだ。煽情的なメディアの赤と青の色分けが、出口調査の正確性を曇らせたか。
フェイスブックでは、「宿題なんてやってる場合じゃない」、「こんな結果になるなんて信じられない」という悲鳴が目立つ。一方で、報道機関はすでにトランプ大統領選出の影響について分析を始めている。移住者急増の可能性、自由貿易への姿勢の変化、米ドルやメキシコのペソの下落、シリアでの紛争解決など、アメリカの国際的な役割を思い知らされる内容ばかりだ。
「これ以上ニュースを見るのは辛すぎるから、パブは閉めるよ。」とのアナウンス。「明日の授業は大統領選挙の話題で持ち切りだな。」と気休めを言いながらパブを立ち去る生徒たち。アメリカの、そして世界の価値観が大きく変わっていく瞬間を、大学生として、また投票権も無く、大学卒業後の進路も定まっていない留学生として、どう受け止めるか。その答えを出すのには時間がかかりそうだ。